幻の三冠馬と呼ばれる名馬 5選

競馬

おはこんばんちわ。

今回は競馬で幻の三冠馬と呼ばれる競走馬で、筆者が印象に残る5頭を紹介していきます。

1 アグネスタキオン

1998年4月13日生まれ 父 サンデーサイレンス 母 アグネスフローラ

生産 社台ファーム 馬主 渡辺孝男 調教師 長浜博之 主戦騎手 河内洋

戦績4戦4勝

主な勝鞍

GⅢラジオたんぱ杯3歳S GⅡ弥生賞 GⅠ皐月賞

スーパーサイヤーの父サンデーサイレンスと、桜花賞馬の母アグネスフローラ元に生まれ

全兄にダービー馬のアグネスフライトを持ちデビュー前から注目されていました。

しかし調教の動きがよくなく新馬戦は3番人気の評価になります。

良血馬が集まり注目されたレースでしたが2着に3馬身半差の圧勝で新馬戦を勝利します。

2戦目には暮れの阪神GⅢラジオたんぱ賞に出走し、のちのGⅠ馬のクロフネとジャングルポケットを

相手に迎え2番人気に押されます。

レースでは伸びあぐねるクロフネを楽にかわし、追い込んできたジャングルポケットにも2馬身半差を

着ける圧勝。

2頭の評判馬を降し、レース内容も圧勝だったため早くも来年の三冠馬ではとの声が上がります。

この勝利で河内騎手もタキオンが次元の違う馬と確信をもったそうです。

その結果通常では朝日杯を制した競走馬がJRA賞を受賞しますが、この年は朝日杯を制した

メジロ-ベイリーの147票に対し、アグネスタキオンは119票の票を集め

朝日杯を勝利せず異例のJRA賞受賞まであと一歩まで迫り、競馬記者からも高く評価されました。

年明け初戦は弥生賞に出走し不良馬場を物ともせず5馬身差の圧勝。

同じレースに騎乗していた武豊騎手から【強すぎるね、クラシックもハンデ戦にしないとね】

とその強さを認めるとともに、早くもお手上げの言葉が飛び出しました。

迎えた皐月賞では当時歴代2位の単勝支持率59.4%1.3倍の指示を受けます。

レースでは危なげなく好位につけ、直線で抜け出す完勝。

河内騎手は【お兄さんとは立場が違っただけに、勝ててほっとしていると】インタビューに答え、

長浜調教師は【嬉しいが骨折したアグネスゴールドのようにならないか心配だ】と語りました。

しかしこのことが現実になってしまいます。

その後屈腱炎を発症し、関係者が協議の上引退が発表されます。

もともと母方の血統が足元の弱い一族だったため、タキオンにもその悪い所が遺伝してしまいました。

ジャングルポケットと、クロフネを子ども扱いした強さから無事ならば三冠の可能性はかなり高かったと思います。

またこの世代はレベルが高く古馬相手に勝利し、活躍する馬が多い世代でした。

2 サニーブライアン

1994年4月23日 父 ブライアンズタイム 母 サニースイフト 生産 村下ファーム

馬主 宮崎守保 調教師 中尾 銑治 主戦騎手 大西直宏

戦績10戦4勝

主な勝鞍

GⅠ皐月賞 GⅠ日本ダービー

デビュー戦では3番人気に押され、スタートからハナに立ちそのまま逃げ切り勝ち。

その後は勝てないレースが続きますが、6戦目のジュニアカップで勝利しオープン馬へ。

次走は皐月賞トライアルの弥生賞へ出走し3着に入り、皐月賞の優先出走権を獲得します。

次走は異例のローテーションで再び皐月賞トライアルの若葉Sへ出走し、自身初生涯一度の1番人気に

おされますが、4着に敗れます。

そして本番の皐月賞では11番人気まで評価を落としますが大外18番から3コーナーで先頭に立ち

そのまま逃げ切り勝ち、1冠目を手にします。

大西騎手はあまりスタートの良くない馬の為大外枠を希望していたみたいです。

次走の日本ダービーでは、皐月賞の勝利がフロックとおもわれ7番人気の低評価でした。

しかしその評価をあざ笑うかのようにまたも大外枠から逃げ切り見事勝利。

大西騎手の1番人気はいらない、1着だけほしいという言葉は今でも競馬ファンの中では

ダービーの名言として語られています。

クラシック2冠を手にしますが、レース中に骨折をしていたことが判明し、全治6か月と診断され

菊花賞を断念し、年明けの天皇賞春を目標に調教されていましたが、屈腱炎を発症し

そのまま復帰することなく引退が発表されました。

上記のトライアルを2回使った事には批判の声もありましたが、実は皐月賞後もダービー

トライアルのプリンシパルSに出走予定でした。

しかし調教中に他馬に蹴られて外傷をおい出走取り消しに。

主戦の大西騎手は自身の著書にて、出走するつもりなら体を張ってでも止めるつもりだったようです。

調教師の 中尾 銑治氏は、レースに使わないと馬が太りすぎるためと理由を説明しています。

血統的にも菊花賞の3000mはこなせていたと思うので出走できていれば三冠の可能性は高かったと思います。

3 トウカイテイオー

1998年4月20日生まれ 父 シンボリルドルフ 母 トウカイナチュラル 生産 長浜牧場

馬主 内村正則 調教師 松元省一 主戦騎手 安田隆行

戦績12戦9勝

主な勝鞍

GⅠ 皐月賞 日本ダービー JC 有馬記念 GⅡ 大阪杯

新馬戦はダービーと同じ左回りを経験させたいとの理由で中京競馬場が選ばれ

当日は不良馬場になりますが、それをものともせず後方から差し切り2馬身差の圧勝。

その後も連勝街道を歩み無敗で皐月賞トライアルの若葉Sも勝利し、皐月賞へ。

弥生賞の前から、西に凄い馬がいると関係者の間でもその強さが噂になっていたそうです。

皐月賞では重賞未勝利馬ながら1番人気に支持され、大外18番枠もものともせず

好位から突き抜け完勝し勝利します。

主戦の安田騎手は馬上で人差し指を掲げ、三冠取りを宣言しました。

続くダービーではまたも降るとされる大外20番になりますが、その不安をあざ笑うかのように

好位にから抜け出し3馬身差の圧勝で2冠目を手にします。

しかしレース後に歩様が乱れ、検査の結果骨折が発覚し全治6か月と診断され菊花賞出走を断念します。

その後は年明けに復帰しメジロマックイーンとの天皇賞春での世紀の対決や、JCや有馬記念での

奇跡の復活勝利などファンに愛され感動させる名馬でした。

その強さから菊花賞に出走できていたなら、かなりの確率で父ルドルフと同じ無敗での三冠制覇が

なされていたんではないかと思います。

4 ドュラメンテ

2012年3月22日生まれ 父 キングカメハメハ 母 アドマイヤグルーヴ 生産 ノーザンファーム

馬主 サンデーレーシング 調教師 堀宣行 主戦騎手 ミルコ・デムーロ

戦績9戦5勝

主な勝鞍

GⅠ 皐月賞 日本ダービー GⅡ 中山記念

デビュー戦は出遅れてしまい2着に敗れますが、その後の未勝利戦を6馬身差の圧勝します。

3戦目のセントポーリア賞でも5馬身差で圧勝しクラシックの有力候補へ。

しかし4戦目の共同通信杯では折り合いを欠き2着に敗れ、皐月賞への出走を危惧されましたが

出走馬が36年ぶりにフルゲートにならなかった為無事に出走でき、レースでは後方から末脚を

爆発させ差し切り完勝。

しかし第4コーナーで大きく外に斜行し他馬を妨害したために後味の悪い勝利となりました。

迎えたダービーでは圧倒的1番人気に支持されレースでは折り合いを欠き心配されますが

直線に入ると坂の途中で早くも先頭に立ち、そのまま押し切り完勝。

2冠目を手にしました。

しかし放牧後に骨折が発覚し復帰まで6か月を有する事から復帰は年明けに。

その後は中山記念を制し、ドバイや宝塚記念で強豪馬と激闘を繰り広げました。

骨折前の強さは同世代の他馬とは次元が違う強さだったため三冠も達成できていたんじゃないかと

思います。

5 オグリキャップ

1985年3月27日生まれ 父 ダンシングキャップ 母 ホワイトナルビー 生産 稲葉不奈男

馬主 小栗孝一 佐橋五十雄 近藤利典 調教師 鷲見昌勇 瀬戸口勉 主戦騎手 安藤勝己

河内洋 南井克巳

戦績32戦22勝

主な勝鞍

GⅠ 有馬記念(1988、1990) 安田記念 マイルCS 他重賞8勝

地方競馬の笠松でデビューし快進撃を続け12戦10勝の成績を引っ提げて中央へ移籍します。

中央入り後はクラシック登録をしていなかった為裏街道を歩み

ペガサスS、毎日杯、京都4歳特別、NTZ4歳S、高松宮杯、毎日杯と重賞6連勝を達成し

タマモクロスとの芦毛の頂上対決で天皇賞秋、JC、有馬記念と激闘を広げその人気は社会現象にまで

なりました。

その後も数多くのGⅠを制し、伝説の引退レース有馬記念で低迷から復活勝利しターフを去りました。

裏街道を歩んでいる時に、同年の皐月賞馬のヤエノムテキや、先輩ダービー馬のシリウスシンボリなど

を破っているため同世代では向けた実力を持っていたため出走できていれば三冠を達成できていたん

じゃないかと思います。

調教師の瀬戸口氏もとっていたやろね、とその後語っていますし。

最後に

今回は菊花賞に出走し惜しくも敗れた馬は外しています。

三出走の馬は強い競走馬ばかりで、今でも競馬ファンの間ではこの話題は盛り上がります。

紹介しきれなかった幻の三冠馬が他にもいますので、この記事を機に興味をもった方は

是非自身でも調べてみてください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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